いざよいの月

　目の前に現れた漆黒の瞳が、闇夜を照らす街灯の明かりを映し出す。
　その僅かな光の中に映るシルエット……それは間違いなく坂井の影。なんの迷いもなく真っ直ぐ向けられる双眸に、己の姿がしっかりと捉えられていた。
　その瞳の中にあるはっきりとしたひとつの感情が、自分へとストレートに向けられていることに、坂井はしばらく次の行動が起こすことが出来なかった。
　しばらく無言で立ち尽くし、そしてようやく目の前に立つ見慣れた姿へと、上から順番に確かめるように目線を落とした。

　自分の前に現れた影は、少女の姿。
　彼女は、坂井が授業を持つクラスのクラス委員、神崎美緒という生徒だった。
　成績も良く授業中の態度を見る限りまったく問題のない生徒。ストレートの長い髪は綺麗に揃えられ、姿勢や仕草も今どきの女子高生とは思えないほど、見る人に清廉な印象を与える。
　多分そのルックスや彼女自身の日常の態度を見る限り、男子生徒の人気も高い方なのではないかと坂井は思っていた。

　そんな印象を持っていた彼女なので、先ほど自分の問いかけに答えたとき、まさか彼女が……とそう思った。
　しかし、真っ直ぐに自分へと向けられた瞳は確かに、あの痛いくらい感じる視線を放っていた。
　そして、その瞳と対峙した瞬間、今まで自分むけられていたあの視線の意味が、坂井にはわかったような気がした。

「賭けをね……してたんです」
　どうして？　と、目が語っていたのだろう。
　何も言わずに立っている坂井に向かって、桜色の艶を帯びた唇が微かに動き、美緒はゆっくりと喋り始めた。