いざよいの月

 そう呟いた美緒の表情は、どこか遠くを見つめているようにも見えた。
 坂井はそんな姿を見つめながら、団地の中で山を眺めている幼い美緒の姿を想像した。
 空の月が隠れて見えなくなったとき、月は闇夜の中へと姿を消した。
 明るくなって見れば山の後ろに隠れただけだったのだが、そのときは本当に、幼い子供には一瞬で消え迷子になったように感じたのだろう。
 迷子――この言葉は多分、美緒の経験とシンクロしたところから生まれたものかもしれない。
 多くの者が幼い頃親とはぐれ迷子になった経験を持っている。これは坂井の想像でしかないが、多分美緒もそのことを思い出し、『月が迷子になった』という言葉が自然と浮かんだのだろう。