学校から戻った坂井がデスクに荷物を置く間、美緒は出窓の前へといつものように椅子を運ぶ。
 勝手知ったるという感じで、自然なしぐさで窓をほんの数センチ開ける。その瞬間、季節の匂いの変わった小さな風が部屋へと舞い込み、美緒の頬を通り過ぎた。
「涼しく……なったな」
 同じ風が坂井の袖口を撫でたのがわかった。
「うん」
 同じ感覚を共有出来たという喜び。それを感じながら美緒はいつもの定位置に座り、大きな出窓から広がる夕暮れの空を見上げた。
「この場所、すごく落ち着く」
「ああ、俺もそこは好きだ」
 ごく自然に坂井の口から零れ落ちた言葉。
 好きだ……その言葉に美緒の心臓が跳ね上がる。
 とても甘い響きを思った三つの文字。
 その言葉が耳を売った瞬間、まるで時間が止まったようだと思った。
 そしてその思いは、坂井も同じだったのではないかと……美緒はそんな風に感じた。