学年が上がり授業を受け持たれたときは、正直かなり戸惑った。
 今まで片側から見つめるだけで納得していた感情が、少しずつ形を変えてきたからだ。
 まったく坂井の中で存在の無かった自分が、一生徒という存在になること。そしてその存在は今の彼の中に残っても、いずれは消えていくこと……。
 こわかった、そして苦しかった。そうなる位なら、その程度の存在ならば、まったく坂井の記憶に残らず、知られないままの方がいいとさえ思っていた。
 しかし、彼の授業を受け、初めて彼の声を聞き、彼の目を真っ直ぐ見つめたときに、なぜ自分が彼に惹かれ始めたかがようやくわかった。
 どうして自分が「それ」を感じたのかはわからない。
 けれど、坂井を初めて見たときから無意識のうちに感じていたのは確かだった。

 彼は……坂井は、美緒と正反対の、美緒がもっとも嫌悪する大人のそれを持っていた。