冬うらら 1.5

○3
 この声。

 社長秘書――リエは、受付から回ってきた電話の声を聞いた瞬間、記憶を甦らせた。

 自慢ではないが、彼女は非常に記憶力がよかった。

 特に、仕事に関した出来事については、ムキになって覚えるような習慣がついてしまっている。

 それもこれも、ボスである社長の性格のおかげだ。

 ボスの名前をカイト、という。

 彼は、開発の仕事の才能は凄い―― らしい。

 らしい、としか表現できないのは、リエ自身はテレビゲームなどはやらないからだ。
 本体さえも、自宅には置いていない。

 社長が開発に関わったソフトが、どんどん売上を伸ばしていることを彼女は知っている。
 経営面の手伝いをすることはないが、業績のチェックだけは、怠らなかった。

 それらを考えると、社長という存在は、この会社を高みに押し上げられるだけの力を持った人間、と考えて間違いない。

 しかし。

 リエは、社長に好意は抱いていなかった。

 仕事が出来ようが、開発の社員に尊敬されていようが、ちっともカイトのことを尊敬できなかったのである。

 それどころか、『何…この人、信じられないわ』、と思うことしばしばだった。

 メインとなる社長としての仕事は、かなりぞんざいな態度だ。

 ネクタイが嫌い、書類仕事が嫌い、接待が嫌い。

 社長は、嫌いなものがたくさんあり、気分屋で、気に入らないことがあると、あからさまに表情に出すのである。

 特に、その嫌いなものについてリエが何らかの失敗をしようものなら、おまえは無能だ、とでも言わんばかりの態度を取られるのだ。

 こんなに腹立たしいことはない。

 これでよく、社長としての立場が務まるものだと思うが、それでも取引などは成功させていた―― が、取引先に好かれているようには感じなかったので、かなり強引な取引を行っているのだろう。

 おかげでリエは、社長の開発以外の雑務については、慎重になるように出来上がってしまったのだ。