冬うらら 1.5


「社長は、何もお話になられないので気づきませんでしたわ…いつごろ結婚なさったんですか?」

 副社長で有り難いことは。

 彼は、聞いた彼女の気持ちなどに興味はなく、事実だけを的確に返答してくれることだ。

 だから、リエが守るべきプライドや、仕事に対する感情などに踏み込んでくることはなかった。

 だから。

 表面上、平静さを作っておくことくらい可能だ。

 そうリエは、思っていた。

 それを保てると信じて疑っていなかった。

 だが。

「昨日です」

 副社長は、それだけを言った。

「は?」

 リエは、何について言われたのか分からずに、そんな返答をした。

「昨日、社長は結婚されたようです」

 もう一度、副社長は、わざわざ言い直してくれた。


 はぁ?????


 カクン

 リエの顎が―― 外れた。

 チン。

 エレベーターが開く。

 あのシルエットが、まっすぐに社長室に向かってくる。

「社長、お待ちしてました」

 副社長は、手に持っていた書類を帰ってきたばかりの彼に手渡す。

 顔を歪めて、不承不承という感じで、社長がそれを受け取る。

「その一番上の書類は、大至急ですのでよろしくお願いします。では」

 副社長、去る。

 社長、不機嫌な足取りで社長室に消える。


 そんな、ト書きのような世界が展開している間中―― リエの顎は外れたままだった。