冬うらら 1.5

○9
 ……社長。

 リエは、いやな汗をかいた。

 一度目を閉じて、いまの自分の感情を沈めようとした。

 社長が―― 出ていったきり戻ってこないのである。

 その間、取引先からの電話が2件入っていた。

 幸い、どちらも急用ではなかったのでよかったが。

 時計を見ると、もうすぐ2時。

 出ていってから、かれこれ1時間半くらいということになる。

 一体、何時に帰ってくるかも伝えずに―― しかも、受付に聞いたところによると、訪ねてきた「自称:妻(?)」の腕を掴むや、一度エレベーターで上に行ったっきり見ていないという。

 次に、パーキングの守衛に聞くと、その「自称:妻(?)」を連れて、車で出ていったというのである。

 一体、どこに。

 いままで、あの社長に彼女や奥さんがいるという噂はなかった。

 リエだって、いるなんて思ってもみなかった。

 冷静に考えてみれば。

 失礼な表現かもしれないが、あの暴君な男と、笑顔でつきあえる女がいるなんて思ってもみなかったのである。

 普通なら、あまりのひどさに付き合うまで発展しなさそうだった。

 リエでさえ、秘書という仕事上の立場だからこそ、我慢をしているのだ。

 ここで、もし彼の短気に頭が来てやめたとするだろう。

 そうしたら、あの社長は、『やっぱり女は』というような目で、自分を見そうな気がしたのである。

 そう考えると、彼女はますますムキになって、仕事を辞めるなんて思わないようにするのだ。

 こうなったらもう、向こうに『必要不可欠な有能な秘書だ』と思わせるしかなかった。

 その瞬間を味わうために、リエは忍の一文字で働き続けているのである。

 なのに、そんな秘書の心も知らずに、社長は女と出かけてしまったのだ。

 無意識に、こめかみに交差点が浮いてしまう。

 はっと気づいて、表情をただす。

 随分、ストレスがたまっているように思えた。