冬うらら 1.5


 カイトは、自分の胸ポケットのボールペンを取る。

 これはメイが、会議室で出したヤツではなかっただろうか。

 婚姻届けに、最後の記入をしたヤツだ。

 その記念すべきボールペンで。

「手ぇ…出せ」

 とっさに書くものを見つけられずに、メイにそう言った。

「え?」

 きょとん、と茶色の目が丸くなる。

「いいから、出せ」

 と言いながら、すでにカイトは窓から手を伸ばすと、彼女の右手を捕まえて引っ張った。

 その手のひらに。

 090-○○○○-××××

 その白い柔らかい手のひらに、一瞬とまどいはしたが、カイトは筆圧をかけすぎないように注意しながら、そう書き込んだ。

 ケイタイ番号だ。

 教えていなかったのだ。

 だから、あんな秘書室経由で、まどろっこしいことになったのである。

 このままでは、もし緊急事態になった時に、連絡を付けることが出来ないではないか。

 しかし、これだけではまだ不安だ。

 彼女から自分に電話はかけられても、自分からメイを捕まえることは出来ないのである。

 ずっと、家にい続けるワケではないのだから。

 ケイタイが、もう一つ必要だった。

 しかし。

 とりあえず今は、これで少しだけは安心できる。

 書き終わって手を離してやると、彼女はそれを顔の前に持っていって眺めていた。

「何かあったら…かけろ」

 いや、別に何もなくてもかけていいのである。

 それどころか、何かあってもらっては困るのだ。

 そんな複雑な心理のまま、カイトはその程度のことしか口に出すことは出来なかった。

 メイが。

 嬉しそうな笑顔になった。

 たかがケイタイ番号で、そんなに幸せそうになれるのなら、あと何回でも教えてやりたいくらいだった。

 しかし、同じ番号を2回教えたとしても、もうその魔法はきかないだろうが。