「いい名前じゃん」
あんたのその名は、この世界に一番必要な言葉だよ。
そして再び女が俺の頭を撫でたが、俺がその手を振り払うことはなかった。
「じゃ、行こうか」
女は、俺の手と男の手を引いてそう口にした。
見計らったように雲が晴れ、微弱な陽が辺りに射す。
(…あ、)
この女は、特別きれいってわけでもないのに、愛されているのだと思った。
(なにに、なんてわかんねーのに)
ただ漠然と、男が女を見る眼さながらに、世界は。
「なにボケッとしてんの。ほら、行くよ」
女の急かすような声に我に返る。
差し出された手を掴むのに躊躇したのは恐怖からではなく。
「…見捨てていけばいいだろ」
何故、こんなボロクズのような子どもを拾おうと思うのか。
この世界では皆が皆、自分のことてだけで手一杯なのに。
「はあ?」
女はさも不可解だと言わんばかりの声を出した。
男は我関せずを決め込んでいるのか、暢気に欠伸をしている。
「ガキがなに言ってんの。つまんないこと言ってんなよ」
「…橘、口が悪いよ。本人に生きる意思がないなら、棄て置けばいいのに」
ふたり揃って口が悪いどころではない。


