「彼の噂はすぐ箱舟にも聞こえてきたよ。各集落に旅をして、食用植物の種と育て方を伝えている夫婦がいると」
―――夫婦。
自分の母も、父の意思と同じくその旅をしていた事実がなによりも嬉しかった。
荒野に飛び出た父が独りではなかったことに、心底から安心する。
「…その話を聞いた時、僕も橘も、彼らに会ってみたいと思ったんだ」
ふわりと開け放たれた窓から吹く温風が、倫子の額を優しく撫でて、それを慈しむように雲雀が口角を上げる。
そんな表情で、まるでその時のことを思い出しているように雲雀のその長い睫毛が瞬いた。
「…だから、集落の集合化を実施する傍ら、噂の植物学者とやらを探していたんだよ」
(ふたりには会えなかったけれど、ふたりの大事な宝を見つけることが出来てよかった)
蕩けそうな瞳に見つめられ、言外にそう言われたようだった。
少し照れ臭くなって俯けば、兄弟達が寄り添ってきてくれる。
優しく暖かな、守り守られる、それが「当たり前」の世界。


