カタッ―――

 窓を開けたまま寝ていたので、目が覚めたのは風の気まぐれで倒れた花瓶の音でだった。
 普段、野宿をしながら生活しているためか、物音が起きてから覚醒するまでの時間は限りなく短い。
 リナは、花瓶が倒れかけた段階ですぐに目を覚まし、花瓶が床に叩きつけられる前にその手で受け止めた。
 「冷たっ」
 上手く花瓶に起こる不幸を回避させられたことは良かったが、その花瓶の中に入っていた水と花を思いっきりかぶってしまった。

 (どうしよう……)
 辺りはシンとしている。たぶん、下での騒ぎも収まって、みんな眠りについているのだろう。
 (……あたしはともかく、花は可哀相よね)
 この暑さの中、水を失ってしまっては、命の源から切り離された花は生きていけない。

 少し悩んで、リナは水をもらうために、下への階段に足を向けた。
 水の入っていない花瓶を手に、ぬれた服のまま階段を降りる。
 暑い夏の夜のこと、軽く汗もかいていることだし、花瓶に水を入れ終えたら着替えてしまおうと、リナは足音を立てないように進んだ。
 (確か、中庭に井戸があったような……)
 宿屋に入る前に見たのを思い出して、庭に続くドアを開ける。
 途端に、耳に虫の鳴き声が大きく響く。
 が、リナは気にせずにドアを閉めると、サクサクと草を踏みしめて井戸のところまでたどり着いた。