「こりゃ、いかん!! 船長! レイズ船長!!」

 頭上から降ってくるその声の主はティムズだった。

 メインマストの上部…いつもの特等席で彼は立ち上がり必死でレイズの姿を探していた。

 ティムズの叫び声でブリッジからレイズが姿を現す。

「ティムズ、どうした?」


 青天の霹靂―――――。


「船長! 向こうの岩陰に敵船が…!」

 ティムズが言い終わるより先に腹の底を抉るような音が聞こえた。

 ティムズの言葉とその音にレイズはことのすべてを理解する。レイズの後ろから姿を現したウォレンもまた彼と同様すべての事態を把握した。

「フィス、危ない! キャビンへ戻れ!!」

 デッキにフィスの姿を見つけたレイズが叫ぶ。

「お嬢さん、こっちだ!」

 ウェイ・オンはフィスの腕を掴み、ホールへ続く扉を開いた。その瞬間ディックバードの船首の一部分が大きな音を立てて破壊された。

「何?!」

「早く!」

 動揺するフィスをホールに連れ込むと、ウェイ・オンは先ほどまでとは打って変わって真剣な眼差しを彼女に向けた。

「何が起きているの?」

 不安げに問いかけるフィスに向かい落ち着いた声で彼は言う。

「このまま一人でキャビンへ戻れますね?」

「ウェイ・オン、教えて。何が起きているの?」

「お嬢さん、だんだんと海賊が減ってきた世の中とはいえ、まだまだ商船が軍艦にならなければいけないときもあるものです」

 ホールには大勢の船員たちが現れ、そしてデッキへ向かい消えていく。

「じゃあ、俺も行くよ」

「どこへ? 何をするの?」

「戦いに。この船と船長を守るのが俺の役目だからな」

「危険だわ!」

「百も承知さ。お嬢さん、これはこの間の嵐とは違う。絶対にキャビンから出てきちゃダメだ。レイズ様が指示するまでは」

 言葉にならない。でも頷くことだけはできた。

 無言で何度か頷いたフィスに向かいウェイ・オンは手でOKの合図を見せた。そして振り向きもせずホールから出て行く。

 そうだ。私にできることは今は何もない。足を引っ張ることだけはしないようにしなくちゃ。

 そう考えながらフィスはキャビンへ向かって足を進め始めた。

 突然、船が急旋回する。足元が覚束なくなりホールの壁にやっとのことで辿り着くと、フィスは窓の外に見えるデッキに視線を移した。

 みんな険しい表情で走り回ってる。今がかなりまずい状況だというのは確かだ。