犬と猫…ときどき、君


「嫌だ!! 春希がいなくなるのも、“芹沢”って呼ばれるのも……嫌なの!! 願いだからっ、何もないけど、何とか頑張るから……!!」

「おい、芹沢?」

「芹沢じゃないっ!!」

「……」

「芹沢じゃ……ない」

「……胡桃?」

「機械も、もうちょっとで集まるから」

「……」

「松元さんに全部聞いたからっ!! だから、行かないで……っ」


苦しそうに吐き出されたその声と、山前が言っていた言葉が、ゆっくりと重なっていく。


胡桃は、何もなくなってしまうあの病院を、一人で再建させようとしているのか……?


「あの病院がなくなると困るの!! みんなあそこにいたいの!!」


あぁ、やっぱり。


「私だって、イヤだ……っ。あの病院がなくなるのだって、春希がいなくなるのだって……嫌なの!!」


胡桃の気持ちを考えたら、今はそんな時じゃないって、分かるのに。


「胡桃、お前……今野は? 今野はどうした?」


それでもこんな事を気にする俺は、本当に人を思いやれない人間なのかもしれない。


だけど、胡桃が言っている事だって滅茶苦茶だ。

もしも今野がこれを知らないのであれば、俺はやっぱり、胡桃の震える手を掴むべきじゃない。


だけど胡桃は、俺のその質問に俯いて何も言わずに……ただ首を横に振ったんだ。


「そっか」

――そっか。

やっと伸ばした指で、胡桃の震える手をギュッと握る。

それだけの事なのに、なんか泣きそうだ。


「春希」

「……ん?」

「淋しかった……っ」

小さく、本当に小さく紡がれた胡桃の声に、胸が押しつぶされそうに痛む。


「私、なにも知らなくて」


胡桃は一体、どこまで知っている?


「昔の事も、それからの事も、全部春希に謝りたくて」

「……っ」

「ごめんね。何も知らなくて、ごめん……っ」


そんなの、聞くまでもないか。

きっと胡桃は、全てを知ってしまったんだ。

俺の汚い過去も、吐き続けていた嘘だって、全部全部、知ってしまった。


それでも、こうして来てくれたのか。