犬と猫…ときどき、君



「どうして嘘吐いたの!? 出発三十一日って言ってたのに!!」


大きな声に、さっきの子供たちも、その場にいたカップルも、飛行機オタクも、みんなが振り返る。

それでも胡桃は、人目も気にせず大声を出上げ続けていて……。


いつもの冷静な胡桃からは想像が出来ないその姿に、少しだけ嬉しくなる俺って、ホント最悪かも。


「悪い、折り返す」

繋がったままだった電話口の山前に一言声をかけ、携帯を切って、少しでも冷静になろうと息を吐き出しながら、目の前の胡桃に視線を落とした。


「ごめん」

「……っ」

「本当のこと言ったら、変に期待したり、決心が鈍りそうだったから」


未だゴチャゴチャの頭では、上手く言葉が紡げなくて……。

嘘を吐こうと思えば、吐けたんだ。


だけど、彼女の真っ直ぐな瞳を見ていたら、まだ逃げようとしている自分が嫌になって、本音をぽろりと零してしまった。


「ごめんな。わざわざ見送りに来てくれたの?」


きっとこれが最後になる。

そう思って触れた胡桃の髪は、相変わらずサラサラとしていて気持ちがいいのに、指の間から簡単に滑り落ちていってしまう。


「そっか、今日は休みだもんな」

偶然だったとはいえ、胡桃が休みの水曜日を出発の日に選んだ事に、胸が苦しくなった。


それを誤魔化すように、俺は小さく笑う。


だけど胡桃は、相変わらずボロボロと涙を零したまま。

俺のジャケットを握る手に、さっきよりも力を込めて、だけど、さっきとは比べ物にならない弱々しい声で言ったんだ。


「お願いだから、行かないでよ……」

「え?」

「行かないで!! アメリカなんか行かないで!!」

「芹沢……?」


意味が、
分からない。


「お願いだから……一人にしないでよっ!!」

顔を顰めた俺に向けられる瞳からは、ますます大粒の涙が零れ出て、やっぱり理解出来ない、そんな言葉を口にする。


“一人に”?

だって、胡桃には今野がいて。


「春希がいなくなったら困るの!! 嫌なのっ!!」

「芹沢」


何だこれ。

頭がおかしくなりそうだ。