犬と猫…ときどき、君


「お前んとこの病院、機械使えなくなって無くなりそうなんだろ?」


どうして……それを。


「だから、いらない機械とか譲ってくれって、芹沢さんが」

「あいつがそう言ったの?」

「おー。うちの病院だけじゃなくて、毎日色んなとこ回ってるっぽいけど」


――どうして。


胡桃はあと一週間もしたら、原田先生の病院に移るはず。


……やっぱり受け入れるのが難しくなった?

いや、もしそうだとしたら、原田先生から連絡が入るはずだ。


「お前、知らねーの?」

山前のそんな言葉が聞こえた時には、もう頭が真っ白だった。


背後で聞こえた大人のバタバタとした足音に、ぼんやりと“さっきの子供たちの親かもしれない”なんて、どうでもいい事が頭に浮かぶ。


考えても考えても、山前が言っている言葉の意味が分からない。


心臓だけが自棄にうるさく騒いでいて、ゴクリと息を呑む俺の耳元で、山前が俺の名前を呼んでいるのに、それに反応する事さえ出来ない。


それなのに、その声だけは、確かに聞こえた気がしたんだ。


――“春希”。

小さな声で、そう呼ばれた気がした。


でも、そんなはずがない。

そんなワケがない。


だって、その声は……。


混乱しすぎて、頭がおかしくなった?

そこまで追い詰められていたのか、俺。


何だかもう頭がゴチャゴチャで、取りあえず電話をいったん切ろうと思った俺の後ろで、また声がした。


その声に振り返って、

「――……っ」

息も、なんなら心臓だって一瞬止まった気さえした。


だって、そこには。

「春希……っ!!」

いるはずのない、彼女が立っていたから。


「何で……」

“何でここにいるんだよ”

そんな言葉は、当然出てくるはずもない。


“何で泣いてるんだよ”

“何で……春希なんて呼ぶんだよ”


たくさんの“何で”で、それでなくても混乱している頭の中がいっぱいになって、言葉に詰まる。


だけど、俺の元に駆け寄って、その手でジャケットをギュッと握ったのは……紛れもなく胡桃。