犬と猫…ときどき、君



「ホント、最悪だな。……あれ?」

小さく呟いて、フェンスに項垂れた瞬間、ポケットの中で、携帯が小さく震えている事に気が付いた。


まさか……な。

こんな時でさえ、一瞬胡桃からの電話かもしれないなんて思う自分が笑えてくる。


「……」

開いたその画面に表示されていたのは、もちろん胡桃の名前なんかじゃない。


「――もしもし?」

それは、もう何年か振りに話す、大学の同期の山前《やままえ》だった。


「もしもし、城戸?」

「おー、どうした? 久し振りじゃん」

山前は、熊のようにゴッツイ男で、山岳部の部長をやっていた男。

話し方も、見た目に負けず劣らずいかつくて、懐かしいその声に、さっきまでの緊張が少し和らぐ。


だけど、そいつが突然よく分からない事を言い出したから、思わず眉をひそめた。


「あのさ、芹沢さんに頼まれてたエコーなんだけど、うちの古いので良ければ、格安で譲れそうだって伝えといてくれよ」

「は?」

エコー……?


「さすがにタダってワケにはいかないんだけどさ、あんだけ必死にお願いされると、俺も何とかしたいって思っちゃってさぁ」

昔と変わらずガハガハと笑う山前に、俺は慌てて声を上げた。


「山前、エコーってなに?」

「は? エコーはエコーだろ」

「そうじゃなくて、何の話だ?」


俺の質問に、山前は一瞬黙り込んで、

「城戸、芹沢さんと同じ病院で働いてるんだよな?」

答えではなく、そんな質問を返してくるから、やっぱり状況が掴めない。


「そうだけど……」

いや、“そうだったけど”か。


「だったら伝えといてよ。芹沢さんの携帯さっきから繋がんなくてさ」


背後の自動ドアが開く音がして、子供のキャーキャーとはしゃぐ声とパタパタという小さな足音が聞こえた。


俺に横を通り過ぎ、少し離れたところまで駆けて行った子供達は、男の子二人で、目の前で大きな音を立てる飛行機を見ながら「でっけー!!」「かっけー!!」なんて、大はしゃぎしている。


「だから、どうして芹沢が?」

「……は?」

「あいつが行く新しい病院のことだったら、俺わかんねーぞ」

「え?」

もう、お互いに何を言っているのかさっぱり分からない状態で、お互い黙り込んで……。