犬と猫…ときどき、君


――だけど、来るんじゃなかった。

四階に辿り着いて、ドアを開けると、目の前には、行先のわからない大きな旅客機。


ゴーゴーと巨大な音を立てるジェットエンジンも、長くて綺麗な羽も、ゆっくり角度を変える補助翼も全部があいつを喜ばせそうなもの。


“あいつ”っていうのは、もちろん大好きなあの子で……。


「アホか」

実際に見たことはないけれど、これを見た瞬間の胡桃のキラキラとした顔が容易に想像できてしまう、あきらめの悪い自分が心底嫌になった。


どこまで想い続ければ気が済むんだよ。


見上げた空は、今日もやたら青くて綺麗で……。

だいぶマシになったとはいえ、まだ痛む頭を静かに振った。


今度日本に帰ってくるのは、いつになるんだろう?

その時俺の心は、胡桃を想ってもこんな風に痛まなくなっているんだろうか?


もうあの髪にも、頬にも、柔らかい唇にも、触れたいとは思わなくなっているのか?


「……」

そうなった時、胡桃はまだ、今野の隣にいるんだろうか。


いや、そうであって欲しんだけどさ。

だけど、やっぱりまだ、今の時点ではダメなんだ。


最近ずっと、横山先生の言葉が頭の中をグルグルと回っている。

“無理に忘れる必要はない”って、それはわかっているんだけど、この気持ちは、ずっと引きずっているのはあまりにも重すぎて……。


「だからこうやって、逃げ出すんだもんな」

漏れ出てしまうのは、情けない自分に向けられる自嘲的な笑い。


知らぬ間に勝手にスッキリして、俺と別れた松元サン。

そんな彼女の信頼を得たらしい仲野は、少しだけ大人びた表情を浮かべ、その隣で笑っていた。


今野は昔と変わらない。

だけど、胡桃の隣にいる時は、前にもまして物腰が柔らかく思えて、優しく細めた瞳に彼女を映して……。


そんな今野の隣で、前に踏み出すことを決めた胡桃。


みんなが前に進んでいるのに、俺は――……。


それが妬ましいわけでも、羨ましいわけでもない。

ただ、未だによく分からないんだ。


俺がここまでやって来たことは、意味がある事だったのかとか、本当に必要なことだったのかとか。

“タイミングが少しでも違っていたら、俺が胡桃の隣にいられたんじゃないか……”なんて、自分のやってきたことを棚に上げて、思ってしまう。