「私と家内はね、幼馴染だったんだ」
「え?」
実習でお世話になっていた時に、たくさんの話をしたはずなのに、それは初めて知る事実。
「それは……初耳でした」
「そうだろうね」
少し驚く俺に向けられる先生の視線は、何だかすごく困ったような視線だった。
「こう見えてもね、私は昔すごくモテたんだ」
「……へ?」
その上、思いがけない横山先生のモテ男発言に素っ頓狂な声が漏れる。
「城戸君ほどではないけどね、今でいう“いけめん”ってやつだな」
「いや……えっと」
話の内容が、イマイチつかめないぞ……。
元々この先生は、直接的に指導をするというよりも、自分で考えさせようとするタイプの人ではあるんだけど。
だからきっと、横山先生は俺の話を聞いた上で、それに繋がる話をしようとしてくれているはず。
上げかけたカップをソーサーに戻して、考え込んだ俺に「気にせず飲んでくれ」と、コーヒーを勧めたあと、柔らかい笑顔を浮かべた。
「きっとそうなるべき二人なら、またどこかで線が繋がると私は思うんだよ」
そうなるべき、二人なら……。
「幼馴染だったあいつの事が私はずっと好きで、一度は付き合ったんだが」
「……」
「色んな人と知り合ううちに、もっと色んな世界を見てみたいだなんて、バカげたことを思ってしまってね……」
そう話す横山先生の表情は、すごく申し訳なさそうで、何となくその続きが見えてきた気がした。
「一度家内とは別れたんだ」
「そうだったんですか」
「あぁ。でも、やっぱり駄目だな。そのうち彼女の家が引っ越すことになって、音信不通になって、“いて当たり前”がどれほど贅沢かという事に初めて気づいたよ」
「……っ」
あの頃の俺にとって、いつの間にか“傍にいて当然”の存在になっていた胡桃。
「私はそれに気づくのが遅かったんだ」
俺は胡桃しかいないと思っていたし、胡桃以外の女なんて、本当にどうでもよくて。
でも……。
「……何となく」
「ん?」
「何となく分かります。いや、世界を広げたいところじゃなくて……そこは真逆なんですけど」
“傍にいて当然”。
俺はいつもそれを考えていて、それが突然なくなってしまうのが怖くて。
――気付くのが遅すぎた横山先生と、そればかりを気にしていた俺。
「彼女の気持ちをどうやったら確かめられるのかとか、どうやったら繋ぎ止めておけるかとか……そんな事ばかり考えていました」
「そうか」
あの頃のバカみたいな自分を悔やむ気持ちが蒸し返されて、また胸がズキズキと痛む。
絞り出したような情けない声を上げた俺に、横山先生はその口調を変えることなく、話の続きを始めたんだ。

