犬と猫…ときどき、君



誰にも言えなかった。誰にも話しちゃいけないと思っていた。

――それなのに。


「横山先生、少しだけ話を聞いてもらってもいいですか?」

俺は、これからこの人の大切なものを奪おうとしているのに……。

それでもこの人の、真っ直ぐに俺を見つめる瞳が、あまりにも優しいから。


「しんどくて、自分がやっている事が正しいのかどうかも、よく分からなくて……っ」

まるでコップから溢れ出る水ように、抑えきれなくなった言葉が、ポロポロと零れ落ちてしまった。


下を向いて言葉を吐き出した俺。

その頭上から、クスリという笑い声が聞こえる。


「君は、本当に変わらないな。優しい子だ。だけど、優しすぎて生きるのが下手くそだ」

「……」

「でもね、私はそんな君がすごく好きなんだ」


丸いレンズがはめられた、メガネの奥の目を細めた横山先生は、

「今日は私もちょうど暇でね。いい話し相手ができて嬉しいよ」

柔らかい声で、そう言ってくれたんだ。


俺も胡桃のことをとやかく言えないくらい、心を開いている友達は少ない方。

その中でも、やっぱり一番色んな事を話すのは篠崎なんだけど……。


あいつに話すと、あいつはまた自分のことを責めるから。


「大切なものが、たくさんあるんです」

「うん」

だから、無意識のうちに話すことをセーブして、色んな事を溜め込みすぎたのか。


「全部守りたくて、離れていくものを、自分の手元に置いておきたくて……。そんな事、出来るはずないのに」


自分の開いた手の平に視線を落とし、ポツポツと言葉を紡ぎながら、ぼんやりと思い浮かべるのはやっぱり胡桃の事。


「もうずっと大切なコがいるのに」

「……」

「全然違うヤツと付き合ってるんですよ、俺」

横山先生の反応はわからないまま、まるで自分の頭を整理するように、自分勝手に言葉を繋げていく。


俺には“おじいちゃん”というものの記憶がなくて、だからよく知らないけど……。

横山先生と話していると、“おじいちゃんってこんな感じなのかな?”なんて思ってしまう。


「自分がしている事のせいで傷付いている人がたくさんいるのに、今さら後戻りなんて出来なくて……」

胡桃もそうだし、篠崎だって今野だって、椎名だって。

それなのに、“胡桃のため”――だなんて、勘違いも甚だしい。


結局は自分で勝手にそれが最良だって決め込んで、こんなグチャグチャな状態になるまで追い込まれている。


溜め息を零しながら、きっと横山先生は“少女趣味”だと思っているんだろうテーブルに置かれた、コーヒーカップに手を伸ばす。

だけど、そんな俺に向けられた横山先生の言葉は、すごく意外なものだった。