犬と猫…ときどき、君



どれくらいそうしていたのか。

春希の胸が私の涙で冷たくなっている事に気が付いて、何度か息を吐き出して呼吸を整えた私は、その顔を見上げる。


その肩越しに、キラキラ光る星が見えて、すごく綺麗だって思った。


「城戸」

「……ん?」

少し前まで、それが当然だった“城戸”という呼び方に違和感を覚えて、その名前を口にしてしまいそうになる。


「先帰ってて」

「胡桃」

せっかく私が気持ちを抑えたのに、春希がそんな風に呼んじゃったら、台無しじゃん。

またシクシクと痛む胸に手を当てて、そこをギュッと握りしめる。


春希は悪くない。

それなのに、困ったように顔を顰めて、私が嫌なら自分があの部屋を出て行くからって、そんな言葉を口にするからつい笑ってしまった。


春希は変わっていない。

きっと、大学の時からずっと。


そんな春希を気付かない間に追いつめて、その気持ち離してしまったのは自分だ。


ここに残りたいと言い張る私と、危ないからって、譲らない春希。

よくマコには言われてたけど、私たちって、ホントに似てるんだね。

意地っ張りで、自己主張が強くて……。


それから何度か押し問答を繰り返したあと、春希が呼んだタクシーを下に待たせておく事で、春希はやっとその首を縦に振った。


「何かあったら、必ず連絡しろ」

そう言って、最後に戸惑いがちに指を伸ばした春希が、そっと私の頭を撫でたあと、そのまま髪を優しく撫でるから。


また胸が痛くなった。


そして私の瞳を見つめたまま溜め息を一つこぼし、「聞かない女」って……そう言って笑ったあと、ゆっくりと坂を下りて行く。


「どうせ聞かない女だもん」

遠ざかる後ろ姿に、ポツリと呟いてしゃがみ込めば、閉じたまぶたの裏にフワフワした松元さんの姿が浮かぶ。

私とは正反対の、可愛らしい女の子。


「そんなの、昔からでしょ……」

今更湧き上がった自分のコンプレックスに、小さく笑った。