「春希」
それが分かっているから、私はこうする事を選んだのに。
「やめよう?」
……違う。
“選んだ”んじゃなくて、“逃げた”だけ。
「もっと大事にしてあげて」
もう、私がこんなバカみたいな気持ちを抱けなくなるくらい……。
「松元さんのこと、もっと大事にしてあげなきゃ」
春希が、幸せそうにしてくれていたらいいのに。
春希の言葉に、抱いてしまった微かな期待。
それを振り払うように、そう口にした私は本当にずるい。
向き合うことから、また逃げるのかって、胸がチクンと痛んだけど、もう本当にどうしようもなかったんだ。
だけと、私の目の前で、なぜか淋しそうに笑った春希は、私の目を真っ直ぐ見つめたまま「仕事が好きか」「今の病院が好きか」って、そんなよく分らない言葉を口にした。
それに頷いた私を見て、一度その瞳を閉じたあと、ゆっくりと息を吐き出して言ったんだ。
「ごめん。胡桃とは、付き合えない」
分かってるよ。
「好きだって言ったことも、忘れて欲しい」
分かってる……。
「アイツの事、もっと大事にするよ」
分かってるのに、やっぱりどうしても胸が痛んで仕方がなくて。
「……そうだね」
それなのに私は、やっぱりこうして笑うんだ。
もう忘れなくちゃ。
春希と過ごした毎日も、今日こうして一緒に星を見た事だって……忘れなきゃ。
全部全部忘れて、なかった事にして、それで明日から、また何事もなかったかのように、春希と一緒にあの病院で働くんだ。
「ごめんね」
これで最後にするから。
春希の温もりも、きっともう思い出せなくなっちゃうから。
そんなことをしても、また胸が痛くなるだけだって分かっているのに。
春希の温かい胸に手を置いて、
背伸びをして、
そっとその唇にキスをした。
――私って、本当にバカだよね……。
「ごめんなさい……っ」
私が“春希”だなんて呼んだから。
悪いのは私だから……。
だから、お願い。
ねぇ、春希。お願いだから、そんな顔しないで。
これからは、もう春希のことを苦しめたりしないから。
「これで最後だから……っ」
だからもう少しだけ、傍にいて欲しい。
抱きしめてくれなくてもいいから、私の名前を呼ばなくたっていいから。
だから、もう少しだけ……
傍にいて。

