犬と猫…ときどき、君



本当はずっと考えていたことがあった。

だけど、どうしても決心がつかなかった。

でもね、タクシーで窓に頭をもたげた春希の表情を見ていたら、やっぱりそうしないとと思ったんだ。


春希だって、私がこんなだから苦しくて……。

だからこれが、一番の方法だと思った。


自分勝手だって思うかもしれない。

もしかしたら、すごく独りよがりなのかもしれない。


だけど、思ったよりもずっと弱くなってしまった私の心は、こうでもしないと、きっと苦しくて押しつぶされてしまう。


だから……ごめんね、春希。


「好きなの」

暗闇に響いたその声は、まるで自分の物じゃないみたい。


「おかしいよね? 春希には、松元さんがいるってわかってるのに」


こんなひどい事を頼んで、ごめんなさい。


「もう、全部終わらせたいの」

「……」

「春希は、松元さんが好き?」


なにも返事をせずに、見開かれた瞳を真っ直ぐ見据えながら、私は静かに、その言葉を口にした。


「――私のこと、振って欲しいの」


私は結局、全然変わっていなかった。

これが一番大事なことのはずなのに、おかしいよね?


「こんな事を春希に頼むのはおかしいって、わかってる。だけど……」


あの頃も、今だって。

自分がこれ以上傷つかないように、こんな風に簡単に逃げ出してしまう。


「だから、お願い……。私のことを、振って欲しいの」

歪められた春希の表情に、ドクンと大きく、心臓が跳ねる。


「胡桃」

「……え?」

瞳に映るのは、ゆっくりと伸ばされた春希の指先。それが私の腕をつかみ、もう一度呼ばれた自分の名前を、私はその腕の中で聞いていた。


「……っ」

どうして?

どうして私は、春希の腕の中にいるの?


どうして春希の心臓は……こんなに速くて、大きな音を立てているんだろう。


その胸に耳を当てると、トクントクンと自分の鼓動が落ち着いてくる。

こんな時なのに……。


これって、心臓が憶えてるのかな?

それとも、自分にとって心地いい人間を体が憶えてるのかな?


少しだけ冷静になった頭と心。

だけど、そんな私の耳に届いたのは……。


「好きだ」


耳を塞いでしまいたくなるような、春希の言葉だった。


私を抱きしめるその腕の力が強くなって、一気に呼吸が苦しくなる。

せっかく落ち着いていた胸の辺りが、今度はどんどん冷たくなって。


「胡桃が好きだ……っ」


苦しそうに、掠れた声で紡がれた、嬉しいはずのその言葉。


だけど、違うよね?

――春希の一番は、私じゃない。