犬と猫…ときどき、君



「胡桃」

「……っ」

どうしたら、忘れられるんだろうな。


「胡桃」

「春希……っ」

「うん」

昔と変わらない、俺の名前を呼ぶその声に、歯止めをかけていた何かが崩れ落ちそうになる。


「もう……ヤだ」

「 ……うん」

「もうイヤだよ」

「ごめん」

腕の中で泣きじゃくる胡桃。


どうしたらいい?

こんなにも胡桃を苦しめて、追い込んでしまった俺は、どうしたらいいんだろう……。


その体を抱きしめる腕に力を込めれば、俺の背中に回された細い指が、シャツをギュッと握る。


“好きだ”――たった一言。

一番伝えたい言葉を伝えられない俺は、何度もその言葉を飲み込んで……。


先に口を開いたのは、ゆっくりと顔を上げ、真っ赤な瞳で俺を見上げる胡桃だった。


「――好きなの」


しんと静まり返った、星がたくさん降る丘の上。


「春希の事が好き」


蒸し暑い空気に響く胡桃のその声に、俺は言葉を失った。


嘘……だろ?

だって胡桃には、今野がいて……。


「おかしいよね?」


混乱して何も言えないでいる俺の胸に手をおき、押し返すようにして腕の中から抜け出した胡桃の次の言葉で、俺はやっと気づいた。


「春希には、松元さんがいるって分かってるのに……」


俺は、自分が思っていたよりも、もっともっと深いところで胡桃を苦しめていたんだって、やっと気がついた。


今まで俺が想像して、理解していると思っていた“胡桃の苦しみ”は、本当に表面上だけで。


過去のことだけに囚われていた俺は、胡桃が今の俺を想ってくれているかもしれないなんて、考えもしなかったんだ。


いつからそんな想いを……?

だけどそれは、きっと俺の中途半端な態度のせいで……。


胡桃。

胡桃は、あの女の隣にいる俺を、どんな風に見ていたんだろう。


カラカラに乾いた喉と、ジワジワと、握り潰されていくように痛む胸。

さっきから頭の中をグルグル回るのは、今朝の篠崎の言葉。


“芹沢だって、相当しんどいぞ?”