犬と猫…ときどき、君



胡桃が戻って来た時のことを考えて、フロントに鍵を預けて、ロビーを足早に抜ける。

エントランスを出ると、門までの道が柔らかい灯りでライトアップされていて……。


あれは。

「……胡桃?」

その道から少し離れた中庭のような空間に、空を見上げたまま立ち尽くす、胡桃の姿を見つけた。


何してんだ?

一方向を見上げたまま、動かない胡桃。


その視線を辿った俺は、気付いてしまった。

「――……っ」

気付かなければよかったんだ。

たとえ気付いても、胡桃が無事だって分かったんだから、そこで引き返せばよかったのに。


「ここじゃ見えねぇぞ」

息が止まりそうなほど綺麗なその横顔に、声をかけてしまったのは、俺の心がどうしようもなく弱っていたから。


「……城戸」

「遅いから、捜しに来た」

「そっか。ごめんね」

俺と目が合った瞬間、見開いた瞳を小さく揺らした胡桃。

それをフッと細めて、少しだけ悲しそうに笑うから……。


「――芹沢」

「んー?」


ダメだって分かっていながら、止められなかった。


「見えるとこ、行こっか」

「……え?」

「行こう?」


真っ直ぐ見据えた胡桃の瞳は、困惑の色を浮かべていて、その目の前に手を差し伸べると、小さく息を飲むのがわかった。

俺の手に落とされた、胡桃の視線。


今更どうにもならないけど、こんな事したって、あの日の約束を守れるワケじゃないけど……。


「サザンクロス、見に行こう」

それでもやっぱり、胡桃と一緒に見たいって、そう思うんだ。


「……」

黙り込んだままの胡桃。

その手が戸惑いがちに伸ばされて、俺の手をギュッと握る。


――心臓が痛い。

握りつぶされたような痛みは、嬉しいからなのか、切ないからなのか。


小さく笑った俺を、相変わらず困ったような表情で見上げる。


「ちょっと遠いから、タクシー拾おう」

「……うん」

大通りに出て、タクシーに乗り込んだ俺達が、とくに会話をする事はなかった。

お互い何かを考え込むように下を向いて。


昔のように戻れるなんて、思っていない。

戻れるわけがないんだ。


それでも、繋がれたままの胡桃の手は、あの頃のまま。

少しだけヒンヤリとしたその手に、胸がまた痛むから、俺は窓に頭をもたげて、ゆっくりと瞳を閉じた。