それから俺達は、会話を交わすこともなく、ただ黙々と準備をして、セミナーに出かけた。
“普通に出来るようになるまで、少しだけ時間ちょうだいね”
そう言って笑った胡桃の顔は、今にも泣いてしまいそうな顔で……。
そんな胡桃に、また手を伸ばしてしまいそうになる自分が、心の底から腹立たしかった。
「今日の夜、ゴハンどこで食べようねー?」
「あー、どうすっかな。同期に沖縄出身のヤツいなかったっけ?」
「んー……。あっ! 祖父江《そふえ》ちゃん!」
「連絡取れる?」
「……変わってなければ。メールしといてみるね」
無理をしながらも、お互いいつも通り振る舞う俺達は、傍《はた》から見たら、きっと“仲のいい同僚”に見えるんだろうな。
目の前で講演をする松元サンのじーさんと、この日ばかりは最前列でその様子を見ている松元サン。
昨日の夜、胡桃を追いかけようとその腕を振り払った俺に、アイツはすがりつく事も、怒りをぶつけつる事もしなかった。
状況が理解しきれていない今野に、胡桃を追いかけて欲しいと頼んだ俺。
そのやり取りを、驚いたような表情で眺めたあと、その場に立ち尽くす仲野を、ただ静かに見つめていたんだ。
それを見て、本当に少しだけど、何かが動き出した気がした。
あの時、仲野も仲野なりに、一生懸命自分のしでかした事を収束させようとしていて……。
アイツは、少し不器用なだけなんだ。
みんなを先に帰らせたあと、胡桃と何があったのか訊ねた俺に、アイツはその表情を歪めて言った。
「自分が【裏サイト】の管理人だった事を告げた後、誤解を解こうとした」って。
俺と松元サンの関係までは話せないと思いながらも、そのサイトを、俺が篠崎に頼んで潰したと、それを胡桃にちゃんと説明したかったって……苦しそうに、言ったんだ。
その顔を見ていたら、やっぱりアイツは憎めないと思って。
だからつい、「十分頑張ったんじゃねぇの? あとは俺がやるから、お前は自分のことだけ頑張れ」なんて、甘い言葉が口をついて出てしまった。
こんなの篠崎に知られたら、文句をすっげぇダラダラと言われんだろうな。
少しずつ動き出した歯車だけど、それはあまりに沢山ありすぎる。
全部はきっと無理だから、そのうちのどっか一箇所だけでいい。
一箇所だけでも、正常に動き出してくれたらって……。
そう願わずにはいられない。

