「昨日の事、憶えてる?」
胡桃は、分かってる。
俺が酒で酔っても、絶対に記憶を飛ばさない人間だってことを。
「……何だっけ?」
「……」
小さく笑ってそう言った俺を、何も言わないままグッと睨み付ける。
「冗談。憶えてるよ、全部」
憶えてる。
胡桃の香りも、温もりも……俺に向けられた、あの瞳も。
――全部全部、一つ残らず憶えてる。
俺の言葉に、一瞬泣きそうな顔をした胡桃。
そりゃーそうだよな。
自分のことを今まで散々傷付けた相手にあんなを事されて、嫌だと思わないヤツなんていないだろ。
「ごめん」
こんな言葉を口にしたって、胡桃の傷が癒えるワケでも、ましてや消えるワケもない。
「最低なことした。……ホントごめん」
俺は、どうしても胡桃を忘れないといけない。
そうしないと、こんな風に謝罪をしても、心の奥底では“胡桃に触れていたい”って、きっと何度だって思ってしまうから。
だからやっぱり、忘れないといけないんだと思う。
――それが、胡桃の為で……きっと、俺自身の為。
ギリギリと痛む胸と、相変わらずよくならない偏頭痛。
苦しくなって、息を吐き出した俺の耳に、ハッキリとした胡桃の声が聞こえたんだ。
「全部忘れるから。昨日のことも」
「……」
「昔のことも」
あぁ、苦しいな。
想い続ける事さえ許されないこの恋は……
「城戸との事は、全部忘れるから」
こんな風に、終わっていくんだ。
「だから城戸も、全部忘れて」
もっと、泣いたり、喚いたり。
そんな終わり方のほうが、よっぽどマシだ。
「そうだな」
「……」
「胡桃」
「……うん」
「ごめんな」
――こんな静かな終わり方って、切なすぎる。

