犬と猫…ときどき、君



ムカつく……。

人を小馬鹿にしたようなその視線に、頬を膨らませた私だったけど。


「悪い胡桃……。そっち、行けなくなった」

「――え?」

開口一番で、申し訳なさそうにそう言った聡君の一言に、言葉を失った。


「渡辺教授、虫垂炎になってさ」

「虫垂炎って、盲腸?」

「あぁ。今、病院にいるんだけど……」

渡辺教授が虫垂炎なのは解ったけど。


「それで、何で聡君が来れないの?」

そう。問題はそこ。

小さく首を傾げれば、目の前の城戸も、何故か同じように小首を傾げて“何ごと?”みたいな顔をしていて。

その顔がちょっと可愛くて、またムカつく。


「教授が明日、共同研究してる会社に俺の研究の講演頼まれてたんだよ。先方に事情話したんだけど、キャンセルは困るって言われちゃってさ」

「そっかー……」


確かに向こうだって、日時を合わせたり、会場を押さえたりとか色々あるのは分かるけど。


「中村先生は他の学会行ってるし。だから、俺が行くしかないんだ」

申し訳なさそうにそう口にした聡君は、独り身の渡辺教授に付き添って病院にいたらしく、遠くで聡君を呼ぶ声がした。


それに小さく返事をした後、少し慌てながらも、「大丈夫か?」と私の心配をしてくる。


それは、やっぱりおじいさんにくっついて来るらしい、松元さんの事に対してもそうだけど……。

きっと聡君は、城戸と私の様子がおかしい事にも気づいているから。


だから、その二つに対しての「大丈夫か?」なんだろうと思った。


電話越しに、聡君を呼ぶ声がもう一度聞こえる。

「大丈夫。ありがとう」

だから私は、ただ一言だけそう口にして、電話を切った。


本当はちょっと大丈夫じゃないけど、きっとこうして平静を保てているのは、マコの“助け舟”のおかげ。


「及川さん、どうしたって? 来ねぇの?」

「渡辺教授が盲腸になったって」

「は? 渡辺のじーさん?」


じーさんって……。


「うん。代打で講演しないといけなくなったから、こっち来れないって」

「なるほど」

そう言った城戸は頭を掻きながら、長い息を“ふー”っと吐き出した。


「行くの、やめる?」

その表情に、少しだけ胸が痛んだ私は、彼の顔を見上げながら、ついそんな言葉を口にしていた。