犬と猫…ときどき、君



「どうしよう。やっぱり連絡つかない」

困って視線を上げれば、そこには一瞬困惑した表情を浮かべた後、再び視線を戻して携帯をいじる城戸の姿。


「ん~。まぁ、子供じゃないんだから、何とかすんだろ」

しかも、相変わらず飄々としてるし。


「でも、もう搭乗手続きの時間、終わっちゃうよ?」

「んなこと言ってもなぁー……。俺、飛行機止められる程の力持ち合わせてねぇしな」


――二十九歳になって、数週間。


まるで、あの夜は何もなかったかのように、城戸と私の関係は元の通りに戻っていた。


「電話、もう一回しといて。俺キャンセルの連絡来てないか、聞いてきてみるから」

そう言ってカウンターに向かう城戸の背中を見送った私は、一度折りたたんだ携帯を再び開く。


相変わらず、何もアクセサリーが付けられていない、可愛げのない携帯電話。

結局、城戸から貰ったあの綺麗なストラップは付けられないまま、机の上のアクセサリーボックスにしまってある。


城戸の様子から、あの日の事には触れちゃいけない気もして、お礼も言えないまま……。

だから余計に、城戸の前で携帯を取り出すと、凄く申し訳ない気持ちになるんだ。


耳に当てた携帯からは、さっきと変わらず、途切れる事のない呼び出し音が聞こえ続けている。


今日は沖縄のセミナーに出発する日で、私と城戸は病院から、聡君は大学から空港に向かって、ここで落ち合う予定だったのに。

約束の時間になっても、聡君が現れない。


「うーん……」

「繋がんない?」

気が付けば、隣には戻って来た城戸の姿があって、ヒョイっと覗き込まれる。


「うん。全然ダメ」

「そっか」

「……」

「……」


どうしよう。

元に戻ったはずの関係だけど、それはきっと、表面上だけ。

だからこうして、時々気まずい空気が流れてしまう。


んー……。

こっそりと息を吐き出した瞬間。

「……あ」

手に握りしめたままになっていた携帯が、小さく震え出したんだ。


「聡君だ」

そう言って、城戸に視線を送れば、「分かったから、早く出ろよ」なんて、笑いながら言われる。


ちょっと唇を尖らせながら通話ボタンを押した私を、城戸はフンッと鼻で笑いながら眺めていて、睨むように見上げれば、例の如く「怖くねぇから」と、またバカにしたように笑われた。