犬と猫…ときどき、君




「どうすんだよ、コレ」


家に帰って、シャワーを浴び終えた俺は、髪も乾かさないまま冷蔵庫から水のペットボトルを取り出して、ベランダに立った。

フェンスに寄りかかり、目の高さまで持ち上げたのは、天の川を閉じ込めた、小さな赤い箱。


そう言えば、あれから今野とは連絡を取ってないけど……どうなったんだろ。


「……」

部屋の中の、木製のテーブルの上。

置かれたままの青い携帯に、思わず視線を送り、小さく頭を振って、溜め息を吐いた。


今野はホントにいい奴で、仕事も出来るし、人当たりもいい。


「今野、か……」

俺はいつだって、胡桃の幸せを願ってる。

自己満足なんだけど、その気持ちだけはホントでさ。

だから、“相手が今野みたいな奴だったらいいのに”って、本気でそんな風に思っていた。


――それなのに……。

いざ目の前でそれが現実味を帯出すと、途端に腐った感情が湧き上がる。

結局は、さっき篠崎に話した通りなんだ。


“胡桃”――時々あいつをそう呼ぶのだって、ホントはワザと。


想い出させる事で、胡桃を苦しめるかもしれないっていうのは、分かってる。

胡桃自身も“もう忘れた”って言ってるし、俺もその方がいいと思ってる。


それなのに“友達”になっていくのを感じる度に湧き上がるのは――“忘れて欲しくない”。

そんな、矛盾した感情。


だから、それを感じる度に、その名前を口にして、また胡桃に俺との過去を刻み込むんだ。


「最低だ、ホンッット……」

しゃがみ込んで空を見上げれば、強い月の光に、うっすら浮かぶ天の川。


もういっその事、全部をぶちまけてスッパリとフラれた方がいいのかもしれない。

だけど……。

「言えるかっつーの」


きっとそれを胡桃に話したら、あいつは簡単に、この病院から出て行んだろうな。

俺の為を思って、簡単に。

胡桃はそういうヤツだから……。