「ねぇ、ハルキュン?」
「あ?」
「芹沢に何かした?」
何となく直帰したくなくて、仕事が終わった篠崎を飲みに誘ったんだけど、誘う相手を間違えたと、速攻で後悔した。
ガヤガヤと騒がしいその居酒屋の一角で、男二人が無言で見つめ合うこの状態って、どうなんだ?
「……」
「あ、無言って事は、何かしたんだ」
「……何で知ってんだよ」
まぁ、大体の見当はつくけどな。
溜め息交じりに、俺は目の前のジョッキに手を伸ばす。
「マコちんがすっげー怒ってたんだよっ!!」
――やっぱり。
「悪い」
「“悪い”で済むなら、警察なんていらないんですぅー!!」
「篠崎。ムリっぽい」
「あーん!?」
「今日はヘコみ過ぎて、お前のボケの相手してやれねぇわ」
「別にボケてないしね!? ってか、そんな事言うくらい元気なら平気だろ!!」
「……」
「え? ど、どうした?」
「いや。今回は、相当やられた」
そんな情けない言葉を口にして笑った俺に、篠崎が一瞬困ったような表情を見せる。
「何だかなぁー、ハルキュン。……まぁ、元気出せや」
「どーも」
気のない返事をした俺は、手繰り寄せた小さな箱から、煙草を一本取り出して、それに火を点ける。
ぼんやりとその煙を眺めている俺に、篠崎が「やっぱハルキ、煙草似合わねぇなー」なんて今更言うから、つい噴き出してしまった。
だけど、その後。
ふぅーっと小さく息を吐き出したて、それまでよりも、少しトーンを落とした声で、静かに俺に話しかけたんだ。
「ハルキー」
妙に真面目な、その口調。
こういう時、コイツが口にする言葉は決まってるんだよ。
「やっぱ一回芹沢と離れてさ……うちの病院きたら?」
「お前んとこの病院、そんなに余裕ねぇだろ」
言いたい事は分かっているから、敢えて茶化すようにそう口にする俺だけど、篠崎はその言葉を無視するように、話を続ける。
「そしたら春希は、あの女から離れられるし――」
「篠崎」
その言葉を遮った俺に向けられるのは、いつもの通り、申し訳なさそうに伏せられる、篠崎のクリクリの目。
ホント、犬みてぇ。
「お前は気にすんな。もう忘れろ。何回も言うけど、あれはお前のせいじゃない。だから、責任取ろうとか思うな」
「……」
「わかりましたかー?」
「悪い」
「だーかーらー……」
いつまでも捨て犬みたいな目をしてる篠崎に、俺はやっぱり笑ってしまった。

