犬と猫…ときどき、君



待合に着いて目にしたその光景に、息を飲んだ。

さっきまでのザワつきを通り越して、しんと静まり返った待合室の中。

目の前には、俺に背を向ける胡桃と、その正面に立つ松元サンの姿。


――しかも。

「もっと、大事にしてあげて」

そう口にした胡桃の声が、小さく震えていた。


「……っ」

わかるよ。
胡桃の顔を見なくたってさ。

その声だけで、胡桃が泣いてる事くらい。


「何してんの?」

口をついて出たその声は、自分でも驚くほどに低い。


オーナーの目なんて、気にしていられないくらい……。

「ハルキさん!!」

ただ目の前の、俺に駆け寄るこの女のに対する怒りでいっぱいだった。


「 お前、何してんの?」

俺のその言葉に、松元サンの肩がビクッと震える。


だけど、そんな事を気にするような女じゃないもんな?


案の定、一瞬悔しそうに顔を歪めるだけで、まだその口を開こうとする。


――でも。

「芹沢さんに叩かれたの!!」

その言葉に、俺は一瞬動きを止めて、そう口にした松元サンに視線を向けた。

言われてみれば、左頬が赤い気もする。


「……」

お前、何をした?

すがり付くように俺を見上げるその女から、胡桃に視線を戻す。


「芹沢」

振り向きもしない胡桃の肩が、ビクッと震えるのが分かった。


何があった?

さっきまでの怒りが、不安に変わる。

コイツは胡桃に、何をした?


「どういう事?」

胡桃の口から聞いた言葉しか信じないから。

だからちゃんと、話して欲しい。

それなのに胡桃は、ただ一言――「ごめんなさい」――そうくり返すだけ。


胡桃。
俺、どうしたらいい?

こんな風に、胡桃を傷付けたいんじゃないんだよ。


それなのに……結局こうして、また胡桃を泣かせている。


悪いのが自分だって事は百も承知だし、そんなの、とうの昔から分かってる。

全部全部、俺が自分で撒いた種。


だったらさ、その分の悪い事は、全部俺に起きればいい。

胡桃じゃなくて、俺に起こればいいのに……。


悔しくて噛みしめた唇からは、微かに血の味がする。


本当は、胡桃を何とかしたかった。

だけど少し離れたところに、椎名がいる事に気付いて、目が合った瞬間、“さっさとその女、どっか連れてけ”と、顎で医局の方向を指す。


「取り敢えず、お前はこっち来い」

俺達のそんなやり取りに気付くはずもない松元サンは、その腕を掴むと、まるで勝ち誇ったように笑ったんだ。