「あれ? 何か騒がしくない?」
そんなオーナーさんの声で、それまで目の前のマルチーズに向けていた視線を上げた。
聴診器を付けていて、そう言われるまで全く気付かなかったけど。
「……ホントだ」
耳を澄ましてみれば、確かに待合室の方向が少し騒がしい。
「何だろうね? どこかのワンちゃんが暴れてるのかな?」
「あー。そうだとしたら、俺よりも芹沢先生の担当ですね」
「そうなの?」
「そうなんですよ。あのセンセー、あんな顔してたくましいんですよー?」
「えー。今度芹沢先生に言っちゃお」
「クビにされるんで、やめて下さいねー」
そんな冗談を口にしながら、オーナーと笑い合う。
あまりにも呑気すぎたその時の俺は、まさかあんな事が起きてるなんて、夢にも思っていなかったんだ。
「城戸っ!!」
「あー?」
診察を終えて、カルテを会計に回した俺の元に凄い形相の椎名が駆け寄る。
「何だよ」
どうせまた、カルテの文字が読みにくいだの、薬の分量を略して書くのやめろだの、そんな文句だろー?
そう思いながら、面倒臭さから溜め息を吐いた俺だったけど……。
「あのバカ女、何とかしてよ!!」
「……は? “バカ女”?」
「松元しー!! よくわかんないけど、胡桃に滅茶苦茶ないちゃもん付けてんだっつーのっ!!」
椎名の言葉に、体中の血液が湧き上がったように熱くなる。
松元。
何でアイツがここに?
胡桃に、いちゃもんって何だよ。
「悪い」
目の前の椎名に声をかけ、その横を通り過ぎる。
――ふざけんなよ。
混乱と怒りが入り混じって、震える呼吸。
それを落ちつけたくて、ゆっくりと息を吐き出したあと、俺は待合室に向かった。

