「もし、お時間が必要でしたら少し待ちます。ご家族の方と相談されても構いません」
そう言って、真っ直ぐ彼女の目を見つめる。
――本当は、一秒でも時間が惜しい。
だけど今は、人間と同じようにペットの医療訴訟もどんどん増えていて、ここで適当な事をすると、それこそ後々、本当に大変な事になるんだ。
「電話……してきます」
呆然とした様子で、フラフラと診察室から出て行った米原さんの背中を見送った後、さっきよりも苦しそうな呼吸を繰り返すハナちゃんの背中をそっと摩る。
「ハナちゃん……頑張って」
ゆっくりと壁の時計を見上げると、もうすぐ、聡君との電話を切ってから五分が経とうとしていた。
そこから視線を落とすと、扉がカチャリと音を立てて開く。
「お願いします……」
電話を終え、戻って来た米原さんが小さくそう口にして、同意書にサインを入れた。
「胡桃!」
「聡君!!……そのままオペ室にお願い!!」
それとほぼ同じ時に診察室に駆け込んで来た聡君に手伝ってもらって、ハナちゃんをオペ室に運び込む。
「すみませんが、オペ室には入る事は出来ません」
「……」
「待合で、待っていて頂けますか?」
「わかりました……」
「一人で大丈夫ですか?」
待合の椅子に座ってカタカタと震える米原さんの前にしやがみ、ゆっくり声をかける。
「先生……ハナ、助けて下さい。……お願いします。もっと大切にするから……っ」
「……」
泣き崩れる彼女に、私はかける言葉が見つけられなかった。
こんな時、私たちは“絶対に助けます”とか、“大丈夫です”とか、そんな言葉を立場的に言ってはいけなくて……。
仕方がないとはいえ、自分が凄く薄情に思えてしまう。
「……頑張ります。ハナちゃんも、頑張ってますから」
ここまできて、やっと気付くんだ。こういうオーナーは、いつもそう。
最初に病院に来た時点で、こうなる事まで理解してもらえていたら……。
再び込み上げる悔しさをグッと抑え込んだ私は、聡君が待つオペ室に急いだ。

