「ごめん、城戸」
「ん? 何が?」
鼻を啜りながら、壁に掛かる時計を見上げると、その針は既に二十二時半過ぎを指していた。
「何でお前が謝るんだよ」
クスッと笑った城戸に、私は少し唇を尖らせる。
「だって」
“城戸、全然休めてない”――そう続けようとしたのに、目の前に城戸がその顔をスッと近付けるから……。
私は思わず、息を飲んだ。
思い出したのは、あの日、ブランドを下ろさずに着替えをしていた私を抱きしめた、城戸の表情。
だけど、目を見開いた私に向けられたのは、あの時とは正反対の城戸の顔で。
「俺も一応、獣医師なんですけど。ナメないで貰えますー?」
イタズラっ子のように笑った彼に、私は一瞬の緊張を忘れて、つられて笑ってしまった。
「そっか。城戸も獣医だったね。ちょっと忘れてたかも」
「はぁー? さっきまでメソメソ泣いてたアナタに言われたくないんですけどぉ」
「……ムカつく」
「くくくっ」
「その笑い方もムカつく」
「はいはい。さっさと帰るぞー」
楽しそうに笑う城戸に、さっきまでのヒリヒリした気持ちが、少しだけ和らぐ。
「城戸、院長やればいいのに」
「は? やだよ」
「“やだよ”って何よっ!?」
ねぇ、城戸。
やっぱり城戸は、優しいね。
「……」
「ん? どした?」
「ううん。何でもない!」
でも、こんな風に優しいからこそ、私は忘れてしまいそうになる。
昔、あなたに付けられた傷も、あなたの心に、付けてしまった傷も。

