「城戸だよね?」
ろくに挨拶もせずにそう口にしたのは、あの頃の話も表面上の馴れ合いの会話も極力したくないと、無意識のうちに思ってしまったから。
全然割り切れてなんかないじゃない……。
「まだ診察中ですか?」
松元さんは、私の問い掛けにそんな返事をすると、クリクリとした瞳で中を覗き込んだ。
「もう少しで終わるから、中で待ってたら?」
「んー……でも、これ渡しに来ただけなんで!」
彼女が笑顔で差し出したのは、旅行会社のパンフレット。
「3連休取れたって聞いたんで、旅行行こうかなって話をしててー」
「そっかぁ。いいねー」
何故だろう。
二人は付き合ってるんだから、旅行くらい行くよ。
そんなの、普通の事。
――それなのに。
どうして私の胸は、こんなにも、変な音を立てているんだろう?
ギリギリとしめつけられる胸の痛みに耐えきれず、短く小さな息を吐き出す。
だけど目の前の松元さんは、私のそんな様子に気付くはずもなくて……。
「あっ! 芹沢さんは、この中でどこかオススメありますかー?」
「え?」
どうして……私?
呆気に取られる私の前に、バサバサと扇状に広げられたパンフレット。
「どこがいいですかねー?」
そんな事、私に聞かれても。
そもそも私は、少なからず、この子が関わって城戸と別れたわけだし。
そう思うと、松元さんの無神経さに、少しの苛立ちを覚えてしまうのは間違えていないよね?
“私じゃなくて、城戸に聞いた方がいいと思うよ”――思わず、そう口にしてしまいそうになった時、私の瞳が一枚のパンフレットで止まったんだ。
「……っ」
その様子に気付いた松元さんが、ゆっくりと私の視線を辿って、真っ青な海が表紙に印刷されたそのパンフレットを、スッと抜き出した。

