「浜田さんのトコの診察が終わったら出てきて」
「わかった。ありがとう。あと……お願いします」
「はいよ」
結局また私は、こうして城戸の優しさに甘えてしまうんだ。
唇を尖らせ、少しいじけたような声を出てしまった私を見て、目を細めて笑った城戸は、私の頭をポンポンと叩くと、そのまま浜田さんが待っているのであろう診察室に向かって歩いて行った。
その背中をぼんやりと見つめながら、城戸が触れた自分の頭にそっと手をやる。
「……」
全然違う。
やっぱり城戸の手のは、すごく温かくて、とても心地がいいんだ。
「はぁー……。なに考えてんのよ」
邪念を振り払うように頭をブンブン振ると、オペで使った器具を流しに運び、ザーザーと音を立てて流れる水で洗い始めた。
カチャカチャと音を立てる銀色の器具と、それに当たって弾ける水。
それを眺めながら、何故か思い出したのは、大学時代、子供みたいにビーカーの水をかき混ぜる城戸の楽しそうな顔だった。
「子供だね、あれは」
小さく漏れた笑いに、何だか胸が温かくなる。
「けど、まいったな……」
取りあえず、城戸との蟠《わだかま》りは取れたっぽいからいいとして。
今の溜め息の原因は、浜田さん。
浜田さんは、この病院の前院長だった、横山先生の頃からの常連さん。
実習で通わせて貰っていた時から、何故か私に好意を寄せてくれているみたいで……。
でも、正直困る。
だって、こっちは立場的に、どうしたって強く出られない。
一応“医療の現場”ではあるけれど、動物病院は、いわば“サービス業”。
つまり、あちらはお客様。
どんなに嫌な事を言われても、理不尽な要求をされても、基本的には笑顔で対応しないといけない。
あまりにも酷い時は、そりゃーハッキリ言っちゃう時もあるけどさ……。
動物病院は診療能力も大事だけど、評判も、もの凄く大事。
オーナーさん同士が「あそこの病院はいいらしい」とか、「あそこの病院は最悪よー」なんて、お散歩の途中に情報を交換し合っていて。
そこで評判が悪くなると、下手したら病院経営に影響を及ぼしかねない。
それくらい、“口コミ”は大事なんだ。
だから、獣医から見て酷い治療をしているような所でも、評判がよければ患畜数が多かったりする。
ここは、とっても不思議な業界だと思う。
そんな理由もあって、最近は浜田さんが来ると、私はオペ中だとか、急患の処置中だとか言って、城戸に診察をお願いしているんだけど。
「迷惑かけてるよね……」
そうしようと言い出したのは城戸だけど、それでもやっぱり、忙しい時には申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ハッキリ断ったら、やっぱまずいのかなぁ」

