「及川……さん?」
張り詰めた空気を揺らすその一言に、胸の辺りが一気に冷たくなる。
いや、違う。違うだろ。
そんなはずがない。
混乱した頭にさっきから浮かぶのは、少し困ったように目を細め、胡桃の頭を撫でる及川さんの姿。
それと、その存在を信じて疑わない胡桃の笑顔。
落ち着け。
もっとちゃんと考えろ。
ゆっくりと瞳を閉じて、大きく息を吐き出す。
そんな俺の様子を頬杖を付いたまま見上げていた篠崎が、その目をクリクリとさせながら、再び口を開いた。
「なぁ、春希ぃー」
「ん……?」
「春希はさ、そうであって欲しい?」
「は?」
篠崎の質問の意図が解らない。
眉間の皺をますます深くする俺を見据えたままの篠崎に、困惑する。
「管理人が、及川さんであって欲しい?」
何……言ってんだ?
“及川さんであって欲しいか”だと?
「もしもそれが及川さんだとしたら……。それを伝えれば、芹沢の気持ちは春希だけに向くかもよ?」
篠崎の一言に、俺は堪らず口を開いた。
「そんなの、望まねぇよ」
「何で?」
“何で?”って、決まってんだろーが。
「胡桃が悲しむ」
「……」
「胡桃がどれだけ及川さんの事を大事に思ってるか、知ってんだよ」
――俺は、嫌になるほどそれを知っている。

