何度も断る胡桃を半ば強引に車に乗せ、マンションまで送り届けた。
大学の頃から、引っ越す事なく住み続けているその部屋。
車を降りる胡桃に、「芹沢」と呼び掛けたのは、気持ちのリセットをする為。
こうしないと、決心が鈍るんだ。
――これは、俺が勝手にやっている事。
だから、胡桃に感づかれてはいけないし、この関係を崩してもいけない。
車を降りて振り返った胡桃に、軽く手を挙げれば、泣き腫らした瞳を少し細めてふわりと笑う。
「あー……しんどっ」
胡桃がいなくなった空間で、大きな溜め息を吐き出した。
本当は、時々不安になる。
もどかしいこの想いを、俺はいつまで抱え続けていられるんだろう……。
――“その時”が来たら、俺は本当に、笑って胡桃を送り出せるのか?
考えたってわかるはずがない。
だけど、いつかは……。
何だかすっかり疲れてしまって、思わずハンドルに頭を擡げた俺の耳に、聞き慣れた着信音が響いた。
画面を見ると、それは篠崎からの着信。
「おー、お疲れ。どうしたよ?」
「春希……今から、うち来れるか?」
いつもよりも俄然テンションの低い声を出す篠崎に、俺はゆっくりと息を吐き出し、
「今から向かうわ」
短くそう返事をして、電話を切った。
「さて、そろそろイタチごっこも終わりかな」
篠崎の声から感じた、少しの予感。
それがいい予感なのか、悪い予感なのか。
「何を今更、緊張してんだか」
その鼓動をわずかに速めた胸の辺りをグッと押さえて、ゆっくりと胡桃が消えて行ったマンションを仰ぎ見た。
柔らかい光が漏れるその窓を、目を細めて眺める。
その光の中、きっと胡桃は、あの男への想いに胸を痛めながら、真っ赤なソファーの上で自分を責めているんだろう。
「もう、失って怖いもんなんてねぇだろ……」
小さく笑った俺は、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。

