「ふー……」
前髪をクシャリと握り、ゆっくりと顔を上げた俺は、真っ黒な空に消えていく白い煙を見上げた。
分かっていたはずだ。
覚悟だって、してる……はず。
だけど何回経験しても、この押し潰されるような胸の痛みには慣れそうにない。
“胡桃先生、彼氏出来たんですよ!”
毎日元気な、噂好きのアニテク三人娘のその一言に、毎回動揺をひた隠して平気なフリを決め込む。
“へぇー。で、君らはこないだの合コンどうだったの?”
なんて、軽口を叩きながら。
“胡桃”――そう口にした男に、一瞬芽生えた嫉妬心。
だけど、それを抑え込む術をすっかり身に付けてしまった自分に、笑いが漏れた。
物腰の柔らかそうなその男の正面に立つ胡桃は、すごく痛そうな顔をして、その瞳を不安げに揺らしている。
――まだ大丈夫。
胡桃が彼氏と別れる度に芽生えるのは、自分でも驚く程に、醜い感情なんだ。
胡桃の幸せを願って別れたはずなのに、それをどうしても喜べない、バカみたいな自分。
もう一度、静かに吐き出した白い煙の向こう側。
少し離れた場所で、胡桃の頬に触れるその手を、ぼんやりと見つめた。
俺が触れる事の出来ない、胡桃の滑らかな頬。
「……」
二人が話していたのは、ほんの数分。
小さく笑った目の前の男に、また胡桃が辛そうにその表情を歪ませているのを見ても、しゃがみ込んで、独りで悲しみを抱え込もうとしていても……。
「帰ろう」
その悲しみに触れる事の出来ない俺は、言いたい事の半分どころか、十分の一も口に出来ない。
しゃがみ込んだ俺の顔を、涙をポロポロこぼしながら見上げる胡桃に、身勝手な俺は“俺以外の男の前で、泣くなよ”なんて、バカみたいな事を口にしそうになる。
さっきまで、あの男が触れていたその頬。
ダメだって、わかってるんだ。
それなのに――……。
「ごめん」
そっと触れてしまった、胡桃の体。

