「ただいま」
リビングのドアが開く、カチャリという音に続いて聞こえた、春希の声。
「あ……お帰り」
ゆっくりと振り返った私の目に映るのは、いつも通りの“春希”の姿。
「今日どうした?」
「……え?」
「急に帰ったから。帰るなら、一言声かけろよー」
目の前の春希は、いつものように少し唇を尖らせる。
ドクンと、その言葉に心臓が大きく脈打つ。
「ごめん。……ちょっと、具合悪くて」
「へ? 大丈夫か?」
少し驚いたように目を大きくした春希は、ゆっくりとその綺麗な指を、私の額に伸ばす。
ドクン。
ドクン。
さっきから、心臓がうるさい。
春希に、どうしても聞きたい事があって――……。
「春希は?」
真っ直ぐ目を見据え、私の口をついて出た言葉に、彼の手がピタリと止まった。
「……え?」
「春希はどこにいたの?」
――ねぇ、お願いだから。
「お昼くらいに捜してたんだけど」
「……」
本当のことを話して。
「春希、見つからなかったから」
テーブルの下で、どうしても震えてしまう自分の手を、ギュッと握りしめた。
もし何か理由があって、疾《やま》しい気持ちがないのなら、本当の事を話して。
だけど、私の耳に届いたのは――……。
「吉田達と……基礎生物のゼミ室で話してた。ボード、行くかって」
期待とは全く違う、そんな返事だった。
「“吉田”って?」
私の質問に、春希はスッと視線を逸らす。
「一年の時、Dクラスだった奴」
「Dクラスかぁ……。じゃー私、きっと喋った事ないね」
私、何で笑ってるんだろう?
「ボード、行くの?」
「いや。結局、卒論提出前にケガしたらヤバイだろってなって」
もう、やめてよ。
「そっかぁ。でも、確かにね。春希にケガされたら、私も困るし!」
「……」
「えっと……なんか、頭痛いし、私もう寝ようかな!」
「おー。布団、蹴り落とすなよー」
「春希と一緒にしないでよ」
「はいはい。そうですねー」
「じゃー、おやすみ」
ねー、春希。
私、ちゃんと上手に、笑えてるかな?

