犬と猫…ときどき、君




「落ち着いたか?」

「……」

家に帰っても何も言えなくて、差し出されたマグカップを無言で受け取った私に、聡君が小さく息を吐き出す。


「胡桃」

「……」

「話したくないなら、何も話さなくていい」

優しい口調で、ゆっくりと言葉を紡ぐ聡君に、視線を上げた。


「ここにいる? それとも、うちに来るか?」

きっと聡君は、気付いている。

私と春希に、何かあったんだって。

そして、私が春希に会うのを、怖いと思っている事にも。


「来るか?」

もう一度落とされたその質問に、私は静かに首を振った。


「……大丈夫」

だって私は、春希ときちんと話をしないといけない。

春希が何を考えているのか、どうしてあんな事になったのか……。


あんな光景を見たのに、それでもまだ、“春希は私の事が好きなんだ”って、そう思っている私は、頭がおかしい?


だって、どうしたって春希が理由もなしに、あんな事をするとは思えないんだ。

私が悪くて、春希を傷付けていたなら、ちゃんと謝りたい。


例えばあの行動にだって、理由があったとして。

もし春希が、あった事を正直に話してくれて、それでも私の事が好きなんだって、そう言ってくれるなら――……


私はやっぱり、春希の隣にいたい。


そんな風に思っていたんだ。

聡君は隣に座って、私が思い出してしゃくり上げる度に、その温かい手で髪をそっと撫でてくれた。

昔から兄妹のように一緒に育って、いつだって側にいてくれた聡君の温もりは、私の心を驚くほどに落ち着けてくれて。


「ありがとう。もう大丈夫だよ!」

多少無理はあったけど、一時間も経つころには、どうにか涙を止めることが出来た。


「聡君、仕事中でしょう?」

さっきまでは気付けなかったけど、落ち着いて見たら、聡君は診察用のグリーンのスクラブの上に、コートを羽織った姿だった。


私の一言に、視線を腕時計に落とした聡君は、

「あー……まぁ、今行っても、もうちょいしてから行っても、怒られるのは一緒だから」

そう言って、“ははっ”と、いつもと同じように笑ってくれた。


その笑顔が本当に“いつも通り”で。

だから私も、ほんの少しだけど笑う事が出来たんだ。


「もうホントに平気だから!……ありがとう」

「わかった。じゃーそろそろ戻るかな」


フワリと笑って、私の頭をもう一度撫でたあと、

「辛かったら、うちに来い。何時になってもいいから」

そう言い残して、私の部屋を後にした。