毎日、本当に平穏に過ごしていた。
平穏って言っても、やっぱり春希と喧嘩をしたり、実験が上手くいかなかったり、実習先の病院で嫌な思いをすることもあったけど。
それでもやっぱり、穏やかな毎日だったんだと思う。
だけど、それに気付けるのは、何かが起こってからで――……。
バイトを始めて、更に数ヶ月が経った頃、それは起きたんだ。
「あー、そういやさ、昨日バイト先に“松元さん”来た」
「え?」
春希が口にした名前に、一瞬“誰?”って、本気で思った。
だけど次の瞬間、胸に感じたのは、ものすごく鈍くて重い、何かに圧し掛かられるような感覚。
「“松元さん”って、“しーチャン”?」
「おー」
あれから、すっかり雰囲気の悪くなってしまったソフトボール愛好会は、結局ほとんど活動しなくなり……。
それに伴って、当然ながら、そこでしか関わりがなかった“しーチャン”とも、疎遠になっていた。
だから私は、すっかりその存在を忘れていたんだ。
「何しに来たの?」
動揺を覚られないように、いつもと同じ口調で口にしたはずのその言葉は、白々しい程わざとらしく自分の耳には聞こえてしまう。
何をこんなに、動揺してるんだろう?
自分でもよくわからない、胸騒ぎに似た感覚に戸惑いが大きくなる。
そしてその“胸騒ぎ”は、春希の口から発せられた一言で、確信に変わった。
「あそこで、バイトするんだと」
「……っ」
それを聞いた私の心臓は、バクバクとその動きを速めて、嫌な音を立て始める。
「金持ちのお嬢サンなのに、何でバイトなんてするんだろうな?」
そんなの決まってる。
彼女の目的は――……
春希だ。
「……」
嫌な汗が、背中を滑り落ちる。
「胡桃? どうした?」
心配そうに私を覗き込む春希に、何も言えないまま首を振る。
ずっと気付いていた。
あの子が最初に、春希に声をかけた時から。
他の人に接する態度とは明らかに違うそれに、私は気付いていたんだ。
それなのに――……。

