もうしばらく話もしていなかった城戸からの電話に、自分でも驚くくらい動揺したのを覚えている。
出るのを躊躇していたら、電話は切れてしまって、こっそりホッとしたのも束の間……。
ピカピカと光りながら、再び携帯が震え出したのだ。
一度息を吐き出して、意を決した私は震える指で通話ボタンを押す。
「……もしもし」
ちょっと警戒しながら電話に出た私とは打って変わって、耳元で携帯越しに聞こえたのは、あの頃と変わらない城戸の声だった。
そして戸惑いを隠せない私に、彼は突然、謎の言葉を口にした。
「篠崎《しのざき》達と、横山先生の病院引き継ぐ事にしたんだけど。お前もこない?」
「……はい?」
状況を把握しきれない私の口から漏れ出たのは、呆気に取られたような、そんな間の抜けた声。
横山先生というのは、大学の病院実習で、私も城戸もお世話になった病院の院長で、とてもステキなおじいちゃん先生だった。
城戸は横山先生にとても気に入られていて、その先生が引退する際に「もし良かったら病院を貰ってくれないか?」と打診されたらしい。
「何で私?」
突然の申し出に戸惑いを隠せない私の問いかけに、城戸はあの頃と変わらないどこか楽しそうな口調で、
「んー? 何となく、思い付いたから」
悪びれもなく、そう返事をした。
正直なところ、城戸と二人だったらきっと断っていたと思う。
でも、城戸の他に二人、大学時代に仲が良かった篠崎君と栗原《くりはら》がいると聞いたから――だから引き受けたのに。
篠崎君は急遽実家の病院を継ぐ事になり、栗原は“婿養子に”とか言って、奥さんの実家へ。
「城戸は無理。アイツには無理だろ」なんて言いながら、人に院長を押しつけて、自分達はさっさといなくなってしまった。
だから、それなりに患畜数は多いのに、ここには獣医が二人だけ。
本当はアニテクも、あと二人いたんだけど、あまりの激務に辞めてしまって……。
困り果てた私が、他の病院で働いていた大学の同期のマコに声をかけて今に至る。
それを思うと、私だから院長なワケじゃなくて、明らかに“城戸が無理だから”私が院長なのだ。
そんな理由だから、当然納得いかないに決まっている。

