絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

 体勢を支えていた頭が少しズレたせいで目が覚めた。まだ外は十分に明るいが驚いたことに、既に午後5時前だった。携帯を確認したが誰からの着信もない。 だがそれが、頭を回転させずに、続けて彼女の顔を見つめるのに好都合だった。
 いや、そんなことをしている場合ではない。
 とりあえず仲村にももう一度電話して、帰りがまだ遅れることを伝え、缶コーヒーを買って室内に戻る。
 そっと、その白い顔を覗き込むと、驚いたことに目が開いていた。
「起きたのか?」
「……」
 彼女はこちらを見たが難しい顔をしている。
「全然覚えてないのか?」
「……宮下……店長?」
「あぁ、そうだ……そうだよ! 分かるか!?」
 まさか記憶喪失では!? と、焦り、コーヒーをベッドに滑らせ、もう一度顔をよく見せた。
「……」
 目が虚ろで、まだ眠りから完全に目が覚めていないようだ。
「ち……、ち、ちょっと待て。先生、呼んでくるから」
 慌てて詰め所に、彼女が起きたことを伝える。
 だが、もう一度部屋に戻るとまた目を閉じていた。
「……こ」
 起こそうかどうか迷う。
 しばらくそのままにしていたら、小さな寝息が聞こえてきた。まだ眠いのか。
「起きた?」
 ナースが来るのかと思いきや、すぐに坂野咲医師は白衣を着てこれまた堂々と現れてくれる。
「いや、また寝た」
 そう言っているのに、奴は躊躇いもせず彼女のベッドに腰掛けた。
「えっと、名前なんだっけ?」
「香月」
 と言っているにも関わらず、奴はベッドの名札を確認してから呼んだ。
「愛さーん」
 医師の呼びかけに、彼女は簡単に目を開いた。
「分かりますか?」
 奴は言いながら、彼女の額に手を当てる。
「……」
 彼女の視線は宙を舞っていた。
「ここは病院です。分かりますか?」
 更に、布団の中から右手首を出し、脈を測る。
「……病院」
「覚えていますか?」
「え……」