絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

「何時頃になりますでしょうか? もちろんそれまでは私が付き添っています」
『二時間くらいはかかるかもしれません。すみませんがよろしくお願いします』
「いえ、こちらこそ、よろしくお願い致します」
 相手は自分が迎えに行くと言い切った。つまり、それほどの仲なのだ。
 ……まだしばらくかかるか……。
 宮下は室内に入り、香月までゆっくり歩み寄る。
 大部屋といっても今は女性2人しか入っていない静かなものだ。
 当の香月は白い顔をして目を閉じている。いつも赤い唇も今は薄い。いつだったか、他の女子従業員と香月がレジで無駄話をしていた。口紅のメーカーとかそんな話だったんだと思う。
 それまで、何の疑いもなく、ただ玉越や佐伯らと同じように、当然のごとく香月も口紅をしているんだと思っていた。
「えー!? 香月さん口紅してないんですか? リップだけって意味?」
「ううん、リップもしない。なんかベタベタするのが嫌いで」
「ほんとに? ……うわーほんとだ。安上がりですね」
「なんかそれ、私が安い女みたいじゃない」
「少なくとも私よりは(笑)」
「ひどーい(笑)」
 それからしばらく、本当に口紅をしていないのか、観察していた。しかし、そう言われて見ていても、それが本当にそうなのかはっきりしなかった。
 だが、ある日たまたま玉越がいつもと違う派手な口紅をしてきたとき、あぁ、口紅ってこういうものなのか、と改めて気づき、香月と比べると、それはやはりただの素肌であった。
 感心して、つい
「香月は唇が赤いな」。
 今考えても失言だ。
 だが、彼女は慣れたように
「唇が赤いって健康な証拠なんですよ」
と、簡単に流した。
 その唇が今は薄いピンクだ。
 自分がついていながら、と一通り反省する。だが、あの状況で防ぐことは到底不可能だった。むしろ、あの客を遠ざけるためのよいきっかけになったと考える方がいい。
 ベッドの隣のパイプ椅子に腰掛ける。ちょうど彼女が顔を少しこちらに向けていたので、この位置からでもよく顔が見えた。
 少し眠ろう。パソコンがないので仕事もできないし。丁度、昨日は寝不足だ。
首を捻りながら、斜めに体勢を整える。
 だがしかし、眠くなるまで、香月を見ていようか……。