絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

「……そうだったのか……」
「しばらく横になっていれば大丈夫だろう」
 宮下が椅子に座るのと同時に、若い看護師が奥から一枚の紙きれを持って来た。坂野咲は一秒見た後、
「……ちょっときつめの酒だよ」
「なんて奴だ……」
「客の家でだって?」
「あぁ……あ、一応診断書書いておいてくれ」
「えー、面倒臭ぇなあ……」
 言いながらも、もちろん奴はすぐにデスクのファイルから紙を一枚出す。
 天邪鬼なのは昔からだ。
「で、茶だと思ってたって?」
「あぁ……。変な客がいてな。そこにテレビをつけている間にお茶を出されたんだ。香月だけそれを飲んだ」
「自分だけ助かろうって魂胆か……」
 宮下はそれには応えず、
「にしても、酒……だったのか。コップにお茶と言って出すから、てっきりお茶だと……まあ、俺だけでも助かってよかった。2人とも気分悪くなってたらと思うとゾッとするよ」
「なかなかの美人だからな。いや、起きてみんとよくは分からんが」
「……」
 坂野咲に評価されたことを当然だと思いながら、宮下は香月の寝顔を見て、心底安心した。本当にただただ眠っているだけで……。
「まんざらでもなさそうだな」
 こらちを見ずに、坂野咲はぼそっと呟く。
「何が?」
「……」
 奴は診断書に忙しいふりをして、それには答えない。
「よし……できた」
 丁寧に折りたたんで、封筒に入れるとデスクの隅にポイと投げる。
「もってけ泥棒」
「このまま帰るのか?」
「さすがにそういうわけにはいかんだろう。今ならベッドが空いている。ちゃんと確保してるよ。そのくらい」
「じゃあ、起きるまで寝かしておくか……」
「誰か家族呼んだ方がいいな。お前も仕事の途中でそれに抜けて、でまたここへ抜けてきたんだろう?」
「あぁ。電話しないとな……」
「吉野君!」
 坂野咲はカーテンの向こうで大声を出すと、助手を呼んだ。
「酒飲んで眠ってるだけだから、3階の205空けてあるから運んで」
「よろしくお願いします」
 宮下はまだ若い看護師に、丁寧に頭を下げた。