絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

「香月、香月!」
 車へ戻るまで、何度か呼びかけてみるが、彼女は眉間に皺を寄せたまま、辛そうな表情で口元を押さえている。一体何を飲まされたのか、薬でも混入していたのではないか!?
 車内の助手席のシートを倒し、そこに寝かせるとすぐに携帯を手にとった。番号を押しながら、車を発進させる。
 もし、奴が仕事中だったら出ない。当分折り返しもできないだろう。
 だが、幸運なことに、奴はすぐに出た。
「もしもし! 今どこ!?」
『会議室だよ。今から部屋に戻るとこ。何? 腹でも刺されたか。昔の女に』
 坂野咲はクククと笑う。
「あと15分くらいで着く。すぐに診てほしい」
『ホントに刺されたか?』
 坂野咲の口調がすぐに変わる。
「さっき客の家に行った女の子が突然気分が悪くなった。薬かもしれん」
『薬?』
「中国のお茶と言って出されたが、飲んだら突然倒れて……」
『意識はあるか?』
「一応あると思う」
『痙攣は?』
「してない。けど息苦しそうだ」
『分かった。準備しておく。受付にも通しておくから、着いたら緊急入口の方から入ってこい。表玄関のすぐ隣だ』
「あぁ、分かる。頼む」
 坂野咲があまりにも厳しい口調になったせいで、ついアクセルに力をこめてしまう。
 大丈夫。ただ、即効性の……おかしな薬をお茶に混ぜて飲んでしまっただけだ……。
 まさか、信じたくもないことだが、だがしかし、お茶を飲んだだけでこんなことになるなんて、薬物を使用しない限り到底有り得ないだろう。
 とにかく、丸田には「出されたお茶を飲んだら香月が突然気分を悪くした」と警告をした。まあ、丸田と助手を眠らせても意味がないと思うので、その注意は特に必要がなかったかもしれないが。
 病院に到着すると、坂野咲医師が救急玄関の前まで出てきてくれていた。おかげで助かる。
 奴はすぐに、看護師が持ってきた担架に香月を乗せると中に入った。
 これで、一安心。
 車を駐車してから建物の中に入る。たまたま通りかかった看護師がすぐに坂野咲の場所を教えてくれた。
 なんだ、ただの処置室である。
「うとうとしてたから寝たのかな……。今、血液検査しているけど多分アルコールだよ」
 ベッドの上で目を閉じて横になっている香月の顔をじろじろ確認していた坂野咲は、それはそれは偉そうに白衣を翻すように大袈裟に椅子に腰かけ、患者の付き添いに、あえて小声で説明を始めた。
「酒? お茶じゃないのか?」
「バカめ……。匂いで分かる」