絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

 そこで終わると逆に怪しいと思われそうだったので更に続ける。
「私の態度のどこか変でしたか?」
「いや、具体的にというわけではない」
「そんな……皆、他の皆も何もないということは知っています!」
「まあ……そうだな」
 それでも、宮下は納得したという表情にはならなかった。
「……もう、いいですか?」
「あぁ、悪かったな」
「……失礼します」
 この時の宮下は最低だと思った。どうせその電話とかいうのも噂で、その日の佐藤を見た雰囲気というのも勘違いで……単なる宮下の思い過ごしだと思った。多分、宮下は佐藤のことが少し嫌いで、ちょっと嫌味な部分が出たんだと思った。若くて仕事ができるから、年配の佐藤を少し虐めてやろうとか……エリートだし、そういう人なんだと思った。
 だから次の日の帰り、佐藤を帰りの駐車場で呼び止めた。
「あの……ちょっと相談というか……」
「なんだ?」
「その……」
 駐車場から車が何台か出て、すぐに残りはこの一台だけになる。閉店30分後の午後8時半。辺りは既に暗く、国道の明かりがあるだけだ。
「中入った方が落ち着いて話せるだろ」
「……はい」
 佐藤に言われるがまま助手席に上がりこむ。マークⅡはエンジンがかかると、すぐに冷房で車内を心地よくさせた。
「あの……昨日なんですけど、宮下さんが……」
「うん。どうかした?」
「あの……匿名で誰かが本社に電話した……とかいう話、聞きました?」
「え……」
「……あの、私と佐藤店長のこと……で、あの、なんか変な話なんですけど……」
「いや……」
 佐藤の歯切れは、当然悪い。まさか宮下がこちらに確認するとは思ってなかったのだろう。
「あの、なんか……私と佐藤店長が怪しいとかそういう電話が匿名で……きたとかなんとか」
「昨日、宮下さんから聞いたのか?」
「はい……」
「宮下さんは……匿名だと?」
「はい……え……」
 もしかして……
「……匿名ではなかったんですか?」
「いや……。……」
 佐藤はフロントガラスの外を、その奥をじっと見つめている。香月はかける言葉を充分に考えてから、
「……何があったんですか?」
「……。もう、ずっと……思っていたことだから」
「何がですか?」
 突然、場違いなほどに明るい表情を見せた。佐藤はいつもそう、クレームや繁忙期や、危機を乗り切った時はいつもこういう笑顔を見せる。
「正直に話そう」
 一瞬、まさか、その電話をしたのが佐藤本人ではないのかと有りもしない無駄な予感が過ぎる。
「俺も……最初は本社の人からその話を聞いた。匿名でこんな電話があったけど大丈夫かって。だから、大丈夫です、ただのいたずらです、と答えた」
「だって、本当に何もないんだから……」
 香月も表情は硬いままだが、少し笑う。
「だけど、俺には本当は相手が分かっていた。確信、と言っていい」