絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

「何?」
「いえ。どうもすみません。ありがとうございます」
「うん。じゃあまた」
「はい、失礼します」
 香月はとりあえず笑顔で自ら進んで店から出た。事実そうなのだが、レイジのせいで店を出て、帰らされているとは思いたくなかった。まったく売れっ子芸能人というやつは、最低だ。我儘で強引で、最低で最悪に近い。
「タクシー待たせてあるから」
 レイジはさらっと言って、車の方へ歩いていく。
「……迎えにきたんですか?」
「うん」
「どうして?」
 それには答えず、タクシーのドアが開くのを待つ。
「先どうぞ」
 当たり前だと思いながら先に乗る。
 タクシーはレイジの指示に従い、東京マンションに定速で走り出す。
「どうして迎えに来たかっていうとね、心配だったからなんだ」
 ようやくレイジは質問に答えた。
「何がです? だって、ユーリさんに伝言してくれたって言ってましたよ」
「あのね、女の子がオジサンを誘っちゃいけない」
「……」
 話したって分かる相手じゃないと、窓の外を見る。
「聞いてる?」 
 無言の反抗。
「まあ……」
 それだけ言って、彼は寝た。
 信じられない。マンションからパジャマのユーリを呼び出して、2人で引きずって部屋まで運んだ。大変だった。途中でよろけるし、エレベーターの中で座り込むし。
 ようやくベッドに寝かせる。
 ユーリはその作業がすむと、まだ忙しいとさっさと自室に戻った。
 ため息が深く出る。そうだ、明日は仕事が休みだ。お風呂入るの、面倒臭いな……。