絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

 ソロ活動20周年を迎えながら、ロックスターのバックバンドのメンバーも兼するユキトは、深夜の短い散歩を一人楽しんでいた。信号を二つ行ってすぐ左のバカラ。行ったことはない。そもそもあの鍋屋も初めてだった。この辺りは圏内ではない。
 5分も歩かないうちにすぐに店は見つかる。さて、ここで一番問題なのは、あの子に俺を誘うだけの度胸があったのかどうかだ。
 そういえば、名前は……アイ、だったか。苗字はなんだったっけ?
 ぐるりと思考を回転させてみたが、思い出せない。きっと、聞いていないのだろう。と、勝手に判断する。
 下準備を考えながら、店の厚いドアを押して一歩店内に踏み込んだ。若い女の子が誘うだけあって、なかなか雰囲気のいい小ぢんまりしたバーである。
 彼女はカウンターで一人、奥の端の方に座っていた。
「お待たせ」
 軽く声をかけながら、スマートに座る。
「レイジさん、もう帰りました?」
「うん、なんか、ジュンイチ連れて飲み行ったよ」
「行かなくてよかったですか?」
 覗きこみながら伺う瞳が印象的。
「ええんよ。ただの失恋やから(笑)」
「それもそうですね」
 なかなかはっきり言う女だ。頼もしい。
「なんか……、そんな失恋くらいであんなになる人だなんて、ちょっと思わなかったです」
「激しい男なんよ(笑)」
「遊んでると思ってたから……一応彼女って人を連れてきたのがまず意外でした」
「うんまあ、あの子に会ってから一人に絞れたって感じかな。けどまあ、……ね。ま、なんか飲もう。何がいい?」
「何でも……。私、普段あんまりこんなところこないから……」
 誘っておいて、この恥ずかしがりよう。これもまた、良。